ウェイレスト
Wayrest
旅人が舟を休めた漁村は、いかにして王都となったのか。
ウェイレスト(Wayrest)
ウェイレストは、ハイロック南部のストームヘヴンに位置するブレトンの港湾都市であり、同じ名を持つ王国の都でもある。ビョルサエ川がイリアック湾に注ぐ河口に栄え、「湾の宝石」と称えられた。最初の王を送り出したのは商家である。後にダガーフォール・カバナントを率いた上級王エメリックも、この街で船荷の管理と通貨の相場を学んだ商人の息子だった。
ビョルサエ川のほとりに生まれた休息地
イリアック湾の西には外海が広がり、東の奥まったところには、ハイロックの内陸へと続くビョルサエ川の河口がある。西から湾を渡ってきた船乗りと、川沿いに内陸を行き来する商人が出会う場所、それがウェイレストだった。湾の西寄りにあるダガーフォールや、ハンマーフェル沿岸のセンチネルとは、同じ海を介して結ばれている。
都市の来歴を語る書物『Wayrest, Jewel of the Bay』は、この地に第一紀800年頃には集落があったと伝える。正確な創建年は分かっていない。当時、西の島々には海賊や略奪者がおり、北にはオークの都オルシニウムが勢力を広げていた。難路を越えた旅人にとって、漁師の暮らす河畔の村は、ようやくひと息つける場所だったという。道中の休息を思わせる「ウェイレスト」という名には、王国が生まれるよりも古い、旅人の目に映った村の姿が残っている。
商人の邸宅から生まれた王国
第一紀948年、ダガーフォール王ジョイルは剣士ガイデン・シンジに宛てた書簡で、オークとの争いがウェイレストの人々を苦しめ、内陸への往来を妨げていると訴えた。これは後にオル シニウムを攻める側に立った王の言葉であると同時に、当時すでに河口の交通が隣国の王にとっても関心事だったことを示す記録である。
第一紀980年、長い包囲戦の末にオルシニウムが陥落した。その後、ウェイレストの商人たちは交易のために手を結び、湾では海賊の活動が衰えた。商業で財を成したガードナー家は街に城壁で囲んだ邸宅を築き、やがてその内側に銀行や商店を受け入れた。富を守る壁の内側に、街の商いそのものが集まったのである。
第一紀1100年、ウェイレストが王国として認められると、ガードナー家のファランゲルが初代国王に推された。王家が生まれてからも、商人たちは大きな発言力を保った。王国の歴史をたどるうえで、王位の継承と同じくらい大切なのが、誰が船を動かし、街の普請に資金を出したかということだ。
「湾の宝石」を足元で支えた下水道
切妻屋根が並ぶ街路、広い大通り、品物の香りが漂う市場。ウェイレストをたたえる書物は、ブレトンの文化が息づく場所として、王宮とともに人々の暮らす通りを描いている。だが、その美し さを支えた土木技術は、通りの下にこそあった。
『Wayrest Sewers: A Short History』には、第一紀801年に河口を訪れた帝国の船乗りの証言が残る。当時の川は汚物と悪臭に満ち、湾に注ぐあたりまでひどく汚れていたという。後に整備された下水道は、街の拡大に合わせて区画を継ぎ足せる設計だった。貴族は建設費を寄進し、何世代もの職人や技師が水路を延ばした。
やがて人は、地下を通って地上と同じように街を横断できるようになった。ところが、広さゆえに衛兵の巡回も行き届かない。書物は、人目を避けてスクゥーマを取引する者や、死霊術に手を染める者が地下に潜んだと伝える。『The Elder Scrolls Online』で実際に探索できるウェイレスト下水道には、こうした港町の繁栄の裏面が描かれている。
上級王エメリックとカバナントの首都
第二紀541年、リーチの王デュルコラックがハイロックに攻め入った。ウェイレストの周辺から住民が避難してくると、以前の城壁を越えて拡大した街を守るためにガードナー王が築いた新しい防壁が、今度は農村の人々をも守った。この戦いで名を上げたのが、当時まだ若い商家の跡取りだったエメリックである。彼は商業を学ぶかたわら騎兵として訓練を受け、実際に隊商の護衛にも就いていた。侵攻を退けた後、ウェイレストを含むブレトンの五王国は、最初のダガーフォール・カバナントを結んだ。
第二紀563年、エメリックはウェイレスト王に即位する。王妃に迎えたのは、イリアック湾の向こう岸、センチネルの王女マラヤだった。エメリック自身は回想録で、彼女に出会った瞬間に心を決めたと語っている。婚姻には両国の通商協定も伴った。一方、自らの娘を王妃に推していたショーンヘルム王ランセルにとって、この縁組は受け入れがたいものだった。第二紀566年、ランセルの軍勢はウェイレストの城門まで迫った。
この戦争でエメリックを助けたのが、レッドガードとオークだった。戦後、ブレトンの諸王が結んだ盟約は、三つの民が参加する同盟へと結び直された。『The Elder Scrolls Online』の時代、ダガーフォール・カバナントの首都が置かれているのは、上級王エメリックが宮廷を構えるウェイレストである。第一紀にはオルシニウムとの戦争を繁栄の転機とした街が、第二紀にはオークを盟友として迎える側に立った。
『Daggerfall』の王宮と西方の歪み
第三紀の『The Elder Scrolls II: Daggerfall』では、ウェイレストはダガーフォール、センチネルと並んでイリアック湾の政治を左右する王国である。国王エドワイア(Eadwyre)の宮廷には、王の娘エリサナ(Elysana)、モロウウィンドから来た王妃バレンジア(Barenziah)、そして王妃の息子ヘルセス(Helseth)がいた。王の実子と王妃の連れ子がそれぞれ王位をうかがう宮廷では、誰の依頼を受けるかが、そのまま誰の野心に手を貸すかにもつながる。
第三紀417年、「西方の歪み」と呼ばれる異変がイリアック湾を襲った。事件を調べた帝国側の報告書『The Warp in the West』には、エドワイア王とバレンジアが語った、ウェイレスト側からの記憶が収められている。王は強大な古代兵器が他国の手に渡ることを恐れ、その鍵を発見した冒険者から買い取ろうとしていた。ところが異変を境に、王たちが目にしたのは、すでに領土が以前の三倍に広がり、西のダガーフォール、東のオルシニウム、南のセンチネルと戦っている自国の姿だった。
その後、継承争いを制して女王となったのはエリサナである。『帝国へのポケットガイド 第三版』は、彼女を西方でとりわけ恐れられた君主の一人として紹介し、宿敵オルシニウムと同盟を結んだことを特筆する。異変の直後に軍を向け合った相手とも、次の治世には手を組む。イリアック湾の新しい国境だけでは読み取れない、ウェイレスト王家の外交がここに見える。
『Skyrim』に届いたウェイレスト陥落の報せ
第四紀188年、海賊の襲撃によってウェイレストは陥落した。『The Elder Scrolls V: Skyrim』に登場する『シセロの日記』第2巻には、この事件の報せが二度に分けて届く。最初の記述でシセロが案じていたのは、市内に隠された闇の一党の聖域だった。街が落ちた時点では、仲間の安否はまだ分からなかったのである。次の報せで、聖域も襲撃を受け、生き残った者が一人もいなかったことが判明した。
同じ襲撃を王宮の側から描くのが、『The Elder Scrolls: Legends』の物語「The Fall of the Dark Brotherhood」である。ウェイレスト王バリニア(Barynia)は、自分に対する陰謀を知り、海賊の侵入を見過ごした。闇の一党の暗殺者を前にした王の生死は、プレイヤーの選択に委 ねられる。シセロが遠方で聞いた街の悲劇に、こちらの作品は城内で下された一人の王の判断を重ねている。