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タロス崇拝の過ち

書籍概要

『タロス崇拝の過ち』は、第四紀の帝国において配布された政治的・宗教的文書であり、タロス信仰を否定する立場から書かれたプロパガンダとして知られている。著者はアルドメリ自治領への帝国通信係レオノラ・ベナタス。内容は、タイバー・セプティムの偉業そのものを否定するのではなく、「人間が神として崇拝されるべきではない」という思想を軸に、タロス崇拝禁止の正当性を主張している。


本書では、もともと帝国の信仰体系はアカトシュを始めとする八大神によって構成されていたと説明される。そしてタイバー・セプティムの死後、人間であった彼が“タロス”として神格化されたことで、人々の信仰は本来の神々から逸れてしまったと論じられている。特に、「人間も神になれる」という思想そのものが危険視されており、これがタロス崇拝批判の中心に据えられている点が特徴的である。


また、本書は白金協定締結後の帝国が、なぜタロス崇拝禁止を受け入れたのかについても触れている。一般にはサルモールからの圧力による屈服と受け取られているが、本書では「皇帝自身がそれを正しいと判断した」と強調されている。この記述からは、戦後帝国がアルドメリ自治領との和平維持を優先し、宗教政策を通じて国内思想を統制しようとしていた様子が読み取れる。

タロス崇拝の過ち




アルドメリ自治領への帝国通信係

レオノラ・ベナタス 著



帝国の民衆は皇帝タイバー・セプティムの行いについてもちろんよくご存知のことだろう。しかしここでテーマになるのは皇帝のタロスへの神格化についてである。


タイバー・セプティムの死以前はアカトシュ、ディベラ、アーケイ、ゼニタール、ステンダール、マーラ、キナレス、ジュリアノスの八大神だった。この神々は帝国中で今も昔も崇拝されている。中には、地域によって別の名前を持つ者もいるが(例えば、アカトシュはアルドメールで“オリエル”として知られ、アーケイを“アルケイ”と呼んでいる地域もある)、これら全ての神がタムリエルにいる全人種、文化に認識され、崇められている。


しかし、タイバー・セプティムがエセリウスに渡ると9番目の神“北方のドラゴン”と呼ばれるタロス、別名イスミールが誕生した。生存中に愛された男の死後、崇拝の対象とされたのだ。実際、少なくとも人間にとっては、9番目の神となったタロスは以前から存在していた八大神よりも重要視されるようになったと言える。それはこの神が元来は人間であり、偉大な功績によって神へと変わったからだろう。もし同じような偉業を成し遂げる人間がいるのなら、同じことが起こり得ないないだろうか? 全ての人間にとって、神になることが可能なのだろうか?


だから我々人間は考えた。そしてタロスを最高の英雄神として崇拝し続けた。しかし、それは昔の話。今は事情が変わった。今、我々は真実を知っている。


我々は間違っていた。


帝国の民として、誰もが大戦の恐怖を味わった。ようやく平和が戻ってきたのは、帝国とアルドメリ自治領が白金協定に調印してからのことだ。その協定の条項の内、最も重要な1つに挙げられるのは、これよりタロスを神として崇拝してはいけないというものだった。この法令は帝国の根幹そのものを揺るがした。この法律に対して反乱を起こす者もいた。実際、今もいる。


しかし帝国の民は知っておく必要がある。皇帝は、アルドメリ自治領の上部組織、サルモールに要求されたからタロス崇拝の禁止に同意した訳ではない。


皇帝がタロス崇拝の禁止に同意したのは、それが正しいことだと自らお考えになったからである。


今日、皇帝も帝国自身もタロス崇拝を存在させたのは間違いだったと認めている。タロスを神と崇めることを許したがために、帝国は民に対して実質的な損害を与えたのだ。タイバー・セプティム自身と彼の(人間としての)偉大な功績に対する記憶を薄れさせ、我々の愛と畏敬の念を捧げるに相応しい本当の神である八大神から国民を遠ざける結果にしかならなかったからだ。


上記の理由で、帝国は過ちを認めている。タロスの過ちが繰り返されることはない。これから先も新しいサルモールの仲間達と共に平和と繁栄を築き、タムリエルに存在する文化と種族全てを結びつける精神を共有しあえることを願ってやまない。

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