The Elder Scrolls 書籍
(日本語訳・英語原文)
灰色地区の災厄
書籍概要
『灰色地区の災厄』は、モロウウィンド崩壊後にスカイリムへ流入したダークエルフ難民について、ノルドの視点から論じた政治評論的文書である。著者フリルゲスのホースブレーカーは、リフテンとウィンドヘルムを比較対象として挙げながら、異民族を受け入れる際の「成功例」と「失敗例」を語っている。
作中では、リフテンに定住したダークエルフが労働や交易によって土地へ適応した一方、ウィンドヘルムの灰色地区では怠惰と犯罪が蔓延していると主張される。しかし、その記述は極めて一方的であり、ダークエルフに対する強烈な偏見と排外思想に満ちている。これは単なる地域論ではなく、当時のノルド社会に存在した民族主義や優越思想を反映した文献として読むべきだろう。
特に興味深いのは、著者がアルゴニアンを「模範的な移民」として持ち上げる一方、ダークエルフを執拗に批判している点である。この対比は、ウィンドヘルム港湾部で労働に従事するアルゴニアンと、灰色地区に隔離されるダンマー住民という、スカイリム本編でも描かれる社会構造を色濃く反映している。
灰色地区の災厄
フリルゲスのホースブレーカー 著
モロウウィンドに降りかかっている悲劇は、屈強なノルドでさえ哀れに感じるほどだ。ダークエルフは我々の追悼に値するが、今のところ、彼らが単純に慈悲を受けるべきだとは言い難い。モロウウィンドの差し迫った問題をどう解決するかについては意見が割れているが、スカイリムで実際に見られる2つの解決案を提示することにする。1つ目は例として、2つ目は訓話として聞いてほしい。
荒廃した地域と隣合わせのリフテンについて考えてみよう。多数のダークエルフはそこに居を構えたが、彼らには大都市の住人たちと同じように暮らしを立てることが期待される。商人のように交易に精を出し、聖堂で働き、砦に仕える。誠実な働き手となってこそ尊敬を集められ、議論に値する存在となれる。今日の街は未だに問題を抱えているが、これらはいかなる部外者の流入にも起因するものではない。要するに、ダークエルフは、この地に新たに来る者たちが期待するスカイリムの生活に自分達を適応させたのだ。
別の見方をするなら、両手を大きく広げて歓迎したがために何が起きてしまうのかは、ウィンドヘルムのかつて素晴らしかった街を見るだけで理解できる。エルフを我々の神聖な故郷から追い出した ことからその名が付いたイスグラモルの街が、硫黄で煙たい地からの難民すべてを迎え入れたのなら、ノルドであるという事自体が恥となる。
それでどうなったのか? 予想通り怠惰で不満に満ちた暴徒たちの荒れ様は、今では密かに“灰色地区”と言われる地域でますます酷くなっていった。彼らは貢献を期待されなかったし、貢献することもなかった。誇り高いノルドの街をモロウウィンドの小銭稼ぎの場にするという彼らの狙いは充分に屈辱的だが、彼らが城壁内でさえ引き起こした街の混乱は、他の首長に恐れを抱かせる十分な理由となる。
私が街で話をするノルドは、絶え間なく続く衝突と灰色地区に起因する犯罪のことを口にする。街の衛兵はほとんど巡回せず、ダークエルフに彼らの土地の風習の中で賞罰を行うように任せている。街でも名高いクルーエル・シー家とシャッター・シールド家は、彼らが雇用しているアルゴニアンについて親しみを込めて話すが、ダークエルフはきちんとした街の住人として振る舞おうとすることはしなかった。
しかし、楽観的な要因もある。ウルフリック首長は彼の父親ほど劣等な存在に寛大ではない。実際、ホアグの滑らかな手はアルゴニアン同様、街で見かけることができる。少なくともこの魚人たちは、いかにして自分たちが新たな場所に最大限貢献するかを学んだ。彼らは効率よく喜びを感じながら桟橋で精いっぱい働き、模範として認められるようになった。ダークエルフもうろこに覆われた彼らを見習うべきだ。やがて彼らにも、もっと貢献するのか、再び屋根と家の温かさを求めるさまようのか決断する時が来るだろう。









