タイタス・ミード2世
Titus Mede II
帝都を奪い返した皇帝は、なぜ敵との講和を選んだのか。
タイタス・ミード2世(Titus Mede II)
タイタス・ミード2世は、第四紀168年に即位したミード朝の皇帝である。アルドメリ自治領からの最後通告を拒み、大戦では一度失った帝都を奪還した。その同じ年、彼はタロス信仰の禁止とハンマーフェル南部の割譲を含む白金協定に署名する。帝都を取り戻した皇帝が、なぜ勝利の直後にそこまで譲歩したのか。その答えは、戦いを生き延びた帝国軍と、なお戦い続けたハンマーフェルとで異なる。
即位したとき、帝国はどこまで残っていたのか
タイタス・ミード2世が受け継いだのは、セプティム朝の最盛期よりもはるかに小さな帝国だった。南西ではサルモールがサマーセットとヴァレンウッドを掌握し、エルスウェーアに成立した二つの王国も自治領の影響下に入っていた。ブラック・マーシュにはすでに帝国の支配が及ばず、モロウウィンドではレッドマウンテン噴火の傷が残っていた。
西方のハンマーフェルでは、レッドガードの二大派閥であるクラウン派とフォアベア派の対立が続いていた。帝国軍の将校が著した『大戦』によれば、即位当時、平和と繁栄の両方を保っていた地方はシロディール、ハイロッ ク、スカイリムだけだった。新帝が各地の軍を立て直すまで、自治領は待たなかった。
最後通告と、使節が運んできた荷車
第四紀171年、サルモールの使節が覆いを掛けた荷車を伴い、帝都に到着した。自治領の要求には、多額の貢納、ブレイズの解散、タロス信仰の禁止、ハンマーフェルの広大な領土の割譲が含まれていた。帝国の将軍たちは自軍の弱さを警告したが、皇帝は要求を拒んだ。
そこで使節が荷車からぶちまけたのは、サマーセットとヴァレンウッドで活動していたブレイズの工作員たちの首だった。その数は百を超えたという。数日のうちに自治領軍はシロディールとハンマーフェルへ侵攻した。こうして始まった両国の戦争が、第四紀の「大戦」である。
帝都を捨てる決断
第四紀173年末、帝都 は三方から包囲され、ブルーマへ向かう北の補給路だけが開いていた。翌174年、自治領軍が総攻撃を開始する。帝都を放棄するよう進言できる将軍はいなかったと『大戦』は伝える。このとき撤退を決断したのは、皇帝自身だった。
第八軍団が城壁に踏みとどまる間に、皇帝は主力を率いて北へ突破し、スカイリムから南下してきた援軍と合流した。第八軍団は壊滅し、占領された帝都では皇宮が焼かれ、白金の塔が略奪された。兵を救った撤退は、取り残された市民にとっては、自治領軍の占領下に置かれることを意味した。
冬になると、自治領側は勝敗がほぼ決したと見て交渉を持ちかけた。タイタス・ミード2世は降伏を考えているように相手に思わせながら、ハンマーフェルとスカイリムの軍団を集め、帝都奪還の準備を進めた。
レッドリングの戦いと、皇帝の鎧を着た者
第四紀175年、帝国軍は三方向から動いた。ハンマーフェルから転じた軍団が西から奇襲し、ノルドを主力とする別働隊が東から南へ回り込み、敵の退路を断った。帝都の北には皇帝の主力がいた 。前年に包囲を破って脱出した帝国軍が、今度は帝都に入った自治領軍を包囲したのである。レッドリングの戦い(Battle of the Red Ring)で、自治領はシロディールの主力軍を失った。
北から突入した指揮官については、二つの語りが残る。『大戦』では、皇帝が攻撃を率い、敵将ナーリフィンを自ら捕らえたとされる。名剣ゴールドブランドを振るったという噂まで紹介しているが、剣については帝国政府も確認していない。
一方、『The Elder Scrolls: Legends』でケレンが語る物語では、決戦を前に皇帝が刺客に襲われ、出撃できないほどの傷を負う。そこで皇帝は、自分の鎧を着て兵を率いる役目を、後に「忘れられた英雄」と呼ばれる人物に託したという。兵士たちが戦場で見た皇帝の姿と、その鎧の内側にいた人物。『大戦』を読んだあとでこの逸話に触れると、同じ勝利が違った姿を見せる。
なぜ勝利した皇帝が白金協定を結んだのか
帝都奪還後、帝国には占領軍を打ち破っただけの兵力が、そのまま残っていたわけではない。『大戦』によると、所属する兵の半数を超えて任務に就ける軍団は一つもなく、前年に失った第八軍団に加えて、さらに二個軍団が事実上壊滅していた。皇帝にとって、帝都を取り戻した直後は、有利な立場で交渉できる最後の機会だった。
第四紀175年末、帝国と自治領は白金協定を締結した。とりわけ反発を招いたのが、タロスの崇拝を禁じる条項と、ハンマーフェル南部の広い地域を自治領に譲る条項である。どちらも開戦前に皇帝が拒絶した要求だった。戦って得たものは何だったのかという疑問は、帝国内にも残った。
ここで手掛かりになるのが、『大戦』の著者の立場である。彼は第十軍団を指揮し、帝都への攻撃で負傷した帝国側の将校だった。彼の見方では、開戦前に同じ要求をのめば帝国は内乱に陥っていたが、長い戦いの末には多くの民が和平を望んでいた。これは皇帝の判断を支持する従軍者の説明であり、当時の全属州の総意ではない。
ハンマーフェルが皇帝を許さなかった理由
ハンマーフェルの人々にとって、講和の条件として差し出された土地は自分たちの故郷だった。しかも戦場では、長く対立してきた派閥の協力がすでに実を結んでいた。第四紀173年には、フォアベア派の都市センチネルから来た軍が、クラウン派の都市ヘガーセの包囲を解いている。帝都へ呼び戻された軍からも、除隊の形で現地に残り、抵抗を支えた古参兵がいた。
ハンマーフェルは白金協定の受け入れを拒んだ。タイタス・ミード2世は自治領との和平を維持するため、ハンマーフェルを帝国の属州として公式に放棄する。レッドガードはさらに五年間戦い、第四紀180年のストロス・エムカイの二次条約で自治領軍の撤退を実現した。白金協定を結んだのは皇帝だが、この二つ目の条約を勝ち取ったのはハンマーフェルである。
この結末から、帝国も踏みとどまれば自治領を打ち破れたはずだと考えるレッドガードがいた。『大戦』の著者は、それに対して、帝都で自治領軍に大損害を与えたからこそ撤退を引き出せたのだと応じている。両者の間には、同じ戦場で肩を並べた者同士だからこそ深い、講和をめぐる隔たりが残った。
スカイリムに残った白金協定の影響
タロスは、帝国を 築いたタイバー・セプティムが神格化された存在であり、多くのノルドにとって身近な信仰の対象だった。帝都を奪還した軍には、スカイリムから来たノルドの軍団もいた。その戦いを終えて帰郷した兵士は、自分たちが守った帝国がタロスへの祈りを禁じたと知ることになる。
第四紀201年の『The Elder Scrolls V: Skyrim』では、ウルフリック・ストームクロークがタロスを公然と崇拝する自由とスカイリムの独立を掲げ、帝国軍と戦っている。一方、サルモールがウルフリックについて記した調査書では、内戦が決着せずに続く状況が自治領の利益になると分析されている。皇帝が軍を再建するために得た和平のもとで、かつて帝都を共に守った者たちが戦い、その長期化をかつての敵が望んでいる。
闇の一党とカタリア号での対面
※以下は『Skyrim』の闇の一党クエストの結末を含む。
第四紀201年、アマウンド・モティエールは闇の一党に皇帝暗殺を依頼する。計画は皇帝本人を狙う前から始まっている。ソリチュードでは皇帝のいとこヴィットリア・ヴィキが結婚式で標的にされ、やがて料理人「美食家」に扮した暗殺者が皇帝の食卓にまで近づく。ところが、ソリチュードで皇帝として食卓に着いていたのは影武者だった。皇帝の護衛組織ペニトゥス・オクラトゥスのマロ指揮官が、一党を捕らえるために仕掛けた罠である。
本物の皇帝がいるのは、ソリチュード沖に停泊したカタリア号だった。船室にたどり着いた暗殺者を前に、老帝は剣も抜かず、衛兵も呼ばない。マロには以前から、闇の一党を止めることはできないと告げていたという。言葉を交わすなら、彼は暗殺者に、自分の死に対する報酬を受け取ったあとで、暗殺を依頼した者も殺してほしいと頼む。皇帝の勅命としてではなく、死を前にした老人の願いとして。
一党の依頼を完遂する道筋では、タイタス・ミード2世はこの船室で命を落とす。最後の願いを聞き入れ、モティエールまで手にかけるかどうかはプレイヤーに委ねられる。皇帝が暗殺を予期していたことは本人の言葉から分かるが、自ら殺害を手配したと明かす場面はない。また、一党を壊滅させる道筋では、この船上の対面そのものが描かれない。
