top of page

センチネル

Sentinel

砂漠と海の境に、一人の見張りが名を残した王都

センチネル(Sentinel)

センチネルとは

センチネルは、タムリエル西部のハンマーフェルにある港湾都市であり、同じ名を持つレッドガードの王国の都である。イリアック湾の南岸に位置し、海の向こうにはハイロックの諸王国、背後にはアリクル砂漠が広がる。第二紀末の『帝国のポケットガイド』初版は、この街をハンマーフェルの「第二の首都」と紹介している。

史料に現れる「センチネル」には、港や宮殿のある街と、その王家が治める領国という二つの意味がある。たとえば第三紀末にセンチネルがハンマーフェル北岸まで広がったという記録は、王の支配が海岸沿いの諸領に及んだことを指す。


港から砂漠の門まで続く市場

海からセンチネルに近づくと、街の立つ岩がちな丘陵が見えてくる。丘の向こうは痩せた平原で、その先はアリクルの砂地へと変わる。広い農地に恵まれなかったこの都市にとって、富を運んでくるのはイリアック湾を行き交う船だった。『帝国のポケットガイド』初版によれば、街の目抜き通りは、港から内陸の荒野へ開く門まで、市場がひと続きになっていたという。

湾を渡ってきたのは商人だけではない。ダガーフォールやウェイレストの貴族たちもセンチネルを訪れ、土地の料理や職人の手仕事を楽しんだ。王立劇場の名物は、登場人物の振る舞いを通して善悪や教訓を描く道徳劇だった。


建都伝説となった船の見張り

ゲーム内書籍『Sentinel, the Jewel of Alik’r』は、王子に語り聞かせる形で街の起源を伝えている。第一紀、故郷ヨクダを離れた戦士たち、ラ・ガーダがハンマーフェルに渡った。その一人、ヤグーブの船団がイリアック湾を進んでいたある夜明け、一人の見張りが停泊に適した入り江を見つけた。最初に港を見いだした者にちなみ、ヤグーブはこの地を「センチネル」、すなわち「見張り」と名づけたという。

船団が着いたとき、入り江にはすでに港があり、エルフや人間が暮らしていた。伝承の中でヤグーブは住民を服従させ、城壁、市場、そして自らの宮殿サマルイク(Samaruik)を築かせている。王家が建都と記憶した出来事は、先住の人々にとっては、自分たちの港に新しい支配者を迎えた日でもあった。

同じ書物によれば、城門に翻る三日月の旗は、もとはヤグーブの旗だった。また、船の見張りが港を見つけたとされる第二種子の月の17日には、人々がザクロを分け合い、祖先をたたえたという。王の宮殿に加え、一年の決まった日に口にする果物にも、海を越えてきた人々の記憶が託されている。


第二紀の王家とダガーフォール・カバナント

『The Elder Scrolls Online』の時代、センチネルを治めるのはファハラジャード王である。第二紀566年、王の長女マラヤはウェイレストのエメリックと結婚した。婚姻に伴う通商協定は両都市に繁栄をもたらし、イリアック湾を挟む二つの王家は親族となった。ダガーフォール・カバナントに加わったレッドガードの立場を知るうえでも、この婚姻は重要である。

一方、王都が内側から脅かされたのが、死霊術師の集団〈Withered Hand〉による襲撃だった。アリクルを死霊術から守る剣が奪われ、死者がセンチネルに現れる。祖先の亡骸に刃を向けることを忌む人々にとって、敵の中に自分たちの死者がいること自体が防衛の妨げになった。王が助力を求めたのは、アンデッドと戦う役目を引き受け、その役目ゆえに同胞から疎まれていたアシャバー(Ash’abah)だった。


第三紀のベトニー戦争と王子の失踪

第三紀402年から403年にかけて、センチネルはイリアック湾のベトニー島をめぐり、ダガーフォールと戦った。決着がついたのはクラインゲイン平原である。センチネルは敗れ、国王カマロンを失った。ダガーフォールのリサンダス王もこの戦争のさなかに命を落とし、その死にまつわる謎が『The Elder Scrolls II: Daggerfall』の物語へと続く。

戦後のセンチネルでは、女王アコリシ(Akorithi)とその子どもたちが宮廷を担う。王女オーブキ(Aubk-i)はダガーフォールの新王ゴスリッドの妃となり、かつて敵対した両王家を結んだ。一方、王子ロートンが皇帝の密使に託すのは、戦争の調査とは異なる私的な依頼である。彼は、宮廷でほとんど語られない兄の身に何が起きたのかを知りたがっていた。行方を消した王子アーサゴーの物語は、両国の公式な系譜だけでは読み取れない、センチネル王家のもう一つの歴史を伝える。


「西の歪み」が広げた王国とロートンの統治

第三紀417年、後に「西の歪み」あるいは「平和の奇跡」と呼ばれる事件がイリアック湾一帯を襲った。それまで大小の領国がひしめいていた地域で、ダガーフォール、ウェイレスト、オルシニウム、センチネルの四勢力が広大な領土を得た。『帝国のポケットガイド』第三版によれば、センチネルの支配は西のアビボン=ゴラから、東のビョルサエ川河口にあるサタカラームにまで及んだ。

領土の拡大は、王となったロートンに難題をもたらした。センチネルは、ラ・ガーダの戦士たちに起源を求めるフォアベアーの王国だったが、新たに治める北岸には、ヨクダの伝統と旧王族の系譜を重んじるクラウンの土地が多かった。ロートンはヨクダ以来の信仰を尊びながら、帝国の慣習も認める道を選んだ。この立場は王の名を取って「ロートン派(Lhotunics)」と呼ばれた。

折衷策への反発は両方の陣営から起きた。タネスの女王は、センチネル領で蛇神サタカルの信仰が認められていることを非難した。一方、クラウンの伝統を奉じる勢力から支援を受けたトタンブは、周囲をセンチネル領に囲まれながら独立を宣言した。地図の上でひとつになった北岸を、ひとつの王国として治める仕事は、ロートンの時代にも続いていた。


第四紀のセンチネルとサルモール

『The Elder Scrolls V: Skyrim』では、センチネルの名が、サルモールの迫害を逃れたハイエルフたちの避難先として登場する。帝国軍のファセンディル特使は、難民たちが身を寄せていた一角をサルモールの工作員が襲った「緑炎の夜」を目撃していた。彼の記憶に残ったのは、戦闘の魔法がセンチネルの夜空を緑色に染めた光景だった。

後の大戦では、センチネルから出た軍勢がハンマーフェルの歴史を動かす。ゲーム内書籍『大戦』によれば、第四紀173年初頭、センチネルのフォアベアー軍は、アルドメリ自治領軍に包囲されていたクラウンの都市ヘガス(Hegathe)を救援した。長く反目してきた二派の和解を、年代記の著者が具体的な戦場の出来事として書き留めた一例である。


書籍に描かれたもう一つのセンチネル

王宮や戦場を離れた街の姿は、ボアリの短編『センチネルに落ちる夜』に残されている。舞台は、音楽も流れず、客たちが声をひそめる名もなき酒場。そこへ上等な黒い外套を着た若いレッドガードの女性が現れ、ひとりの殺し屋に声をかける。王家の過去が港町の片隅でどのような物語になって語られたかを味わえる一冊である。

『スカイリム』のドーンスターでは、鍛冶屋ラストリーフが、ハンマーフェル出身の妻セレンのためにこの本を探している。遠い北国の鍛冶場にとって、センチネルは戦史に載る王国であると同時に、故郷ハンマーフェルを思い出させる物語の舞台でもある。

関連する書籍

ゲーム内の書籍からさらに深く知る

センチネルに落ちる夜

センチネルに落ちる夜

名もなき酒場で明かされる、消えた王子の秘密。

大戦

大戦

帝都を奪還した帝国は、なぜ過酷な和平を選んだのか

bottom of page