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エドラ

Aedra

世界を創った神々を、なぜエルフは「祖先」と呼ぶのか

エドラ(Aedra)

エドラとは、タムリエルの創世神話において、定命の者が暮らす世界「ムンダス」の成立に自らの力を与えたとされる神々の総称である。その名はエルフ語で「祖先」を意味する。帝国の人々が時の竜神アカトシュとして崇める神を、多くのハイエルフはオーリエルと呼び、自分たちの遠い祖先に数えている。エドラを知る手がかりは、神々が何を司るかと同じくらい、人々が神々とどのようなつながりを持つと信じてきたかにある。


「祖先」と呼ばれる神々

ゲーム内書籍『エドラとデイドラ』によれば、「祖先」はエルフ語のエドラに最も近いシロディール語の訳であり、対になるデイドラはおおむね「我々の祖先ではない者」を意味する。この「我々」には、言葉を生んだエルフの立場が表れている。オーリエルからの直系の血筋を称するアルトマーやボズマーにとって、創世神話は世界の始まりであると同時に、自分たちの一族がどこから来たのかを語る物語でもある。

もっとも、エルフの諸民族が同じ祖先を同じ仕方で崇めるわけではない。たとえばダンマーの祖にあたるチャイマーの伝承では、デイドラのアズラは、彼らが他のエルフとは異なる民として生きるための神秘を授けた存在である。モロウウィンドで深く敬われても、アズラの分類はデイドラのままだ。どのような存在として世界の起源に関わったかと、後世の人々が誰を師や守護者に選んだかは、別々の問いなのである。


ムンダスの創造と神々が支払った代償

創世神話を集めた『モノミス』には、世界が今の形を得る以前の霊たちが登場する。こうした原初の霊はエト・アダ(et’Ada)と呼ばれる。伝承をまたいで繰り返し現れるのが、ロルカーンの働きかけを受けた霊たちが、やがて定命の者が生きる世界を形作るという筋書きである。ムンダスはその定命の世界を指し、タムリエル大陸のあるニルンはその内にある。

シロディールの伝承「シェザールの歌」は、創造を子の誕生になぞらえる。神々は自分とは別の命が育つ世界を望み、そのために自らの力を差し出した。世界が生まれた後、神々には以前のような若さも強さも残っていなかった。それでも、自分たちの子らが何を成し遂げるかに希望を見いだした神々がいたという。この伝承で人間が受け継ぐのは、完成した楽園ではない。痛みを知りながら、親である神々にも予見できなかったものを生み出せる世界である。

同じ犠牲も、アルトマーの伝承では違って見える。『モノミス』の「世界の心臓」では、霊たちは世界が形を取るにつれて、自分たちの力が失われていくことに気づく。魔術の神マグナスは創造を途中で離れ、残った者の中には子に命を継ぐ道を選んだ者もいた。後のエルフから見れば、神々に連なる血筋は誇りであるとともに、祖先がかつて持っていた不死性を失った記憶でもあった。


イフレと「大地の骨」

神々が世界の一部になるとは、どういうことだろうか。ボズマーが森の神イフレ(Y’ffre)について伝える物語には、その答えがある。世界が生まれたばかりの頃、最初の定命の者たちは植物になったかと思えば獣に変わり、ひとつの姿を保つことすらできなかった。そこでイフレは最初の「大地の骨」(Earth Bones)となり、移ろう世界に自然の法則を定めたという。

ボズマーにとって、オーリエルが神々の王であっても、森で今日を生きる者にとりわけ身近なのはイフレである。木が木として根を張り、生き物が昨日と同じ姿で朝を迎える。その当たり前の出来事そのものに、神が世界に与えたものを見ているのである。


ロルカーンをめぐって分かれる伝承

エドラの物語で最も評価が分かれるのが、創造を提案したロルカーンである。アルトマーの神話では、オーリエルは定命の世界の創造に加わったことで、民を永遠の霊界から引き離してしまった。やがてオーリエルの戦士トリニマクはロルカーンを倒し、その心臓を取り出す。しかし二柱の神にも心臓を滅ぼすことはできず、オーリエルはそれを矢に結びつけて海の彼方へ射放った。世界そのものと結びついた心臓だけは、神の敗北の後にも残ったのである。

一方、シロディールではロルカーンに対応する神がシェザール、ノルドの伝承ではショールと呼ばれる。人間の側に立つこれらの伝承では、定命の世界を得たことにも、人間のために戦ったことにも価値がある。エルフには永遠を奪った張本人が、人間には自分たちの居場所をもたらした神として記憶される。この違いは、神の名を他の民族の言葉に置き換えただけでは見えてこない。


エドラとデイドラの違い

『エドラとデイドラ』の著者は、エドラを世界の形を保つ「不変」に、デイドラを既にあるものに働きかける「変化」に結びつける。エドラは創造の契約によって大地の骨に縛られ、殺されることさえあるというのが同書の見方である。対してデイドラには同じ制約が及ばず、退けることはできても、同じ意味で死を与えることはできないとされる。

一方、「シェザールの歌」では、デイドラの君主たちもオブリビオンに自らの領域を形作る。両書を併せて読むと、ここでいう「創造」の違いが分かりやすい。君主が己の望むままに領域を形作ることと、自らの力を手放し、自分の意思だけでは行く末を決められない命を世に送り出すこと。この歌がエドラの選択として描くのは後者である。


エドラと八大神・九大神の関係

エドラが創世や祖先の系譜に関わる呼び名であるのに対し、八大神はシロディール帝国で共に祀られる八柱を指す。ゲーム内書籍『シェザールと神々』によれば、聖アレッシアの時代、解放されたシロディールの人々にはエルフ由来の信仰が根づき、同盟者のノルドにも独自の神々がいた。異なる伝統を持つ人々がひとつの国で祈れるように整えられたのが、八大神の信仰だった。

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